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医・歯二元論と制度のあり方を考える 

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都 温彦
(福岡大学名誉教授・前医学部歯科口腔外科教授)


近代歯科学の誕生と発展の歴史(3)

フォシャールが「歯科外科医」を出版してから,その後の数10年の間にヨーロッパの多くの歯科医師たちが歯科医学書を記述しはじめた.
フィリップ・パッフ(Phillip Pfaff,1711~1766)はプロシアのフリードリッヒ2世(大王)(FriedrichⅡ,在位1740~1786)の歯科侍医であった.彼の著書「人の歯とその疾患論」は解剖,生理,病理,治療,歯科補綴など,すべての面を取り扱い,ドイツの歯科医学の発展に大きな影響を与えた.この著述は単にフォシャールを模倣したものではなく,多くの独創的見解が取り入れられている.
その一つに,直接覆髄法があげられる.フォシャールは齲窩を充填する前に窩洞形成時に歯髄が露出しても,そのままにして充填を行った.しかし,パッフは覆髄して歯髄を保護した.この他,補綴装置を作製するのに印象法を用いた.蝋で印象したものに石膏を注入して模型を作った.
パッフはフランスのフォシャールと同じようにドイツにおける近代歯科(医)学の開拓者とされている.
18世紀の末葉,セル(Jean Jaques Joseph Serre,1759~1830)の種々な著書が出版された.これは歯科医術とともに西ヨーロッパ中に知れわたった.数種の著書はいずれもドイツ語で書かれた.1788年には,「妊娠時にみられる歯痛について」,1791年には「歯肉疾患について」,1809年には口腔衛生に関するものをベルリンで出版した.
これらのなかで最も重要なのは,「歯科医術」における手術の実際(1803~1804)」であり,ドイツにおける歯科医学の向上に大きな貢献をした.
イギリスの歯科医師が最初に書いた著書は,バードモア(Thomas Berdmore,1740~1786)の「歯と歯肉の疾病と奇形に関する概説(1786)」である.
バードモアは22歳の時に,外科医の試験に合格し,1763年頃に歯科を開業していた.26歳で国王ジョージ3世(在位1760~1820)歯科侍医に任命された.その2年後にこの著書を出版した.この本は各国語に翻訳され,多くの版を重ねた.
18世紀末のイギリスにおけるジョン・ハンター(John Hunter,1728~1793)は有名な外科医であり,解剖学者であった.彼は「人の歯の博物学:その構造,作用,形成,成長,および疾病の説明,The Natural History of the Human Teeth:Explaining their Structure,Use,Formation,Growth,and Disease」(London,1771)を著述した.
この本は19世紀の初期までイギリス国内とヨーロッパ大陸で,歯科(医)学の進歩に最も大きな影響を与える動機となった.ジョン・ハンターは歯科(医)学を創設,開拓した1人である.当時のイギリスの優れた医学教育はロンドンの病院と関連して行われており,大学との連携はなかったといわれる.
ジョン・ハンターの10歳年長の兄ウイリアム・ハンター(William Hunter,1718~1783)は,その時代の著名な解剖学者であり,はじめは外科を開業したが,まもなく産科医として知られるようになった.
ジョン・ハンターは1749~1759年にチェルシー病院(Chelsea Hospital )で外科病理学を学び,独創的観察を行った.その後,陸軍軍医となり,軍陣外科を経験した,そして1763年,ロンドンで外科医としての診療を始めた.種痘で有名なエドワード・ジェンナー(Edward Jenner,1749~1823)は,一時期ジョン・ハンターの門下生であった.ジョン・ハンターは1767年には王立協会の会員に選ばれ,翌1768年に聖ジョージ病院の外科医に任命された.この時期に彼の研究は博物学のあらゆる分野にわたり,とくに病理学,比較解剖学,生理学にも及んだ.
歯科にとって幸いなことはジョン・ハンターが歯に関心をもち,その解剖学を記述するために最初の著作に専念したことであった.
彼は1776年に国王ジョージ3世の特命外科医に任命された.彼の主な著述には「歯の博物学」のほかに「性病に関する論説」(1786年)と,彼の死後出版された「血液,炎症と銃創に関する論説」(1794年)がある.
 1778年「人の歯の博物学」が再発行されたが,その第2編の「歯の疾病論」は分離して別に出版されている.
 「人の歯の博物学」の初版(128頁)は1771年5月に出版された.その第1編は歯の解剖について述べられており,第2編は歯の病理に関する観察で,第1編の補足として記載されたものである.
 最初の10章は上顎,下顎,咀嚼筋の解剖を扱い,咀嚼運動,歯と歯槽突起,顎との相互関係を観察し,第11章と第12章は歯(エナメル質)と骨(象牙質)の構造,第13章は歯の空間(歯髄腔),第14章は歯根膜について述べている.その他,歯列の発育,成長,機能に及び,顎の発育に関するハンターの見解は,現在の解剖学者に受け入れられている見解とほとんど同じである.またジョン・ハンターは歯に学名を与え,犬歯に尖頭歯,小臼歯には二咬頭歯の用語を初めて使用した.
 しかし,この本の中には歯には血管の分布がないと考えた誤りもみられるが,実験中の失敗によるものと考えられている.第2編の実際論は,18世紀に行われた治療法を詳しく述べたもので,歯を保存する際には,充填前に歯髄を破壊する方法を行っている.そして彼には,埋伏した下顎第3大臼歯にともなう歯冠周囲炎や歯周症については症状が歯槽縁から始まり,歯根端の方向に徐々に進行するというすぐれた記載もある.

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