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医・歯二元論と制度のあり方 を考える 

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都 温彦
(福岡大学名誉教授・前医学部歯科口腔外科教授)

近代歯科学の誕生と発展の歴史(2)

フランスの外科医アンブロワーズ・パレ(Ambroise Pare,1510〜1590)は,理髪師の徒弟から身を興し,国王の侍医頭に任じられ,近代の外科学を確立した.
パレは豊かな解剖学の知識を応用して外科手術法に改良を加え,外科学の基礎を固めた.そしてパレは,外科が,それまでは身分の低い理髪師の仕事とされていたのを一躍,内科と並ぶ地位にまで高め,近世外科学の父と呼ばれるようになった.彼の貢献は外科学だけでなく,内科学,産科学,そして歯科学にも及んでいる.
パレは古典学の教育を受けていなかったので,すべての著書はそれまで習慣的であったラテン語またはギリシア語の代わりにフランス語で記述した.そこで彼が記述したものは教育程度の低い理髪師にも分かりやすいものであった.しかし,このことがパリ大学医学部教授会を激怒させ,すべての医学に関する文献は出版する前に医学部に提出して許可を受けなければならない布告が出された.その医学部の主張は国会に出され,その制度は1575年7月14日に通過,制定された.その時,パレの全集は既に教科書になっていたので,結局この全集の第3版は1582年にラテン語に訳され,ヨーロッパの各国語に翻訳されるところとなった.
パレは歯科についても臨床的手腕に優れ,全集には,歯の解剖(第4巻・第2章),エプ−リス・歯肉腫(第8巻・第4章),下顎の骨折(第16巻・第7章),下顎の脱臼(第16巻・第8章),両側性前方脱臼時の顎整復法(第16巻・第9章),一側性脱臼の顎整復法(第16巻・第10章),歯痛(第17巻・第25章),歯の弛緩(第17巻・第26章),抜歯と歯の破壊に使用する器具(第17巻・第27章),人工歯と口蓋栓子を適合させる方法(第23巻・第3章,第4章),などが記載されている.
パレの歯科学への貢献は具体的で確かなものであり,64年間を越える診療生活から生まれた独創的考え方とその技法は極めて価値あるものであった.パレは自由な観察者であり,あくまで自分の経験を重んじた.パレは外科の診療内容と教育の水準を高め,外科医の社会的地位を向上させた.彼は,書物で学んだことを盲目的に固執することを退け,臨床観察と良識を強調したのであった.
近世ヨーロッパの外科学の歴史をひも解くと,権威的パリ大学医学部教授会と,パレのような理髪外科医との社会的身分の強い格差がうかがえる.
歯科(医)学は18世紀にフランスで最も発達した.フランスでは1700年からパリの歯科医術者に歯科医師の資格試験を行うようになり,開業歯科医の資格を限定した.これが歯科医師試験のはじまりと言われる.この制度は,歯科医師自らが,その地位を向上させるために,パリの同業者たちに計って,市当局に歯科医師の開業試験制度を設けることを要求した結果である,と言われている.この時代の歯科医術は大部分が理髪師または社会的に地位の低い歯科医術者によって行われていたが,ピエール・フォシャールが出て歯科(医)学が,真に独立して発達した.
 近代歯科(医)学の父,そして歯科治療の創設者であると看做されているフランスのピエール・フォシャール(Pierre Fauchard,1678〜1761)は,1728年に『外科歯科医』(2巻863頁)を出版した.本書は歯科百科事典ともいうべきもので,この歯科専門標榜外科を謳った『外科歯科医』は,出版されると直ちにフランス中の歯科医師と外科医に認められ,歯科医療の発展に著しく貢献した.本書は1746年,増補改訂され,第2版が出された.第2版が出されてから200年後の1946年(昭和21)には,イギリスのリンゼイ女史(Liliann Lindsay)が英訳した“The Surgeon Dentist”が出版された.
世紀が変わるまでフォシャールの著書は歯科医師育成のための有力な教科書となり,手本になった.18世紀後半の主な歯科医学書の著者は,フォシャールを師とみなしていた.このフォシャールの著書は,その当時の歯科医師が歯科治療法を貴重な手仕事の秘法として守っていた秘密主義を打破した.そして,それまでは徒弟制度の習わしとして歯科医の間で行われていた秘法の内容を公開し,歯科(医)学が発達する足場を作った.『外科歯科医』の中には,継続歯,架工義歯,総義歯などの作製法も記載されている.この年は日本では天文2年に当たり,徳川8代将軍吉宗の時代であった.
フォシャールの歯科医療は医学的教養に富んでおり,傑出した才能と教養によってフランスのいたるところで認められ,名声を勝ち得た.そして彼は,しばしば一流の外科医から対診を求められ,患者の手術を依頼された.


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