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医・歯二元論と制度のあり方を考える 

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都 温彦
(福岡大学名誉教授・前医学部歯科口腔外科教授)

<番外編>

癌の体験

今回は,筆者の癌体験と医歯二元論制度を合わせて考えてみたい.
癌との出会い 
 平成21年2月9日,食道癌が松尾内科の理事長松尾尚先生により指摘された.父も母も死因は癌ではなく老衰であり,母は86歳,父は96歳であった.5人きょうだいの中では,私が癌第1号である,自分にとっても,家内にとっても晴天の霹靂であった.
この発見の経緯については,自分自身の意志判断はまったくなく,松尾理事長,陣内院長,辻師長による検診の勧めであった.
自分にとっては,食道内視鏡検査へと導いた天の采配,示唆が多大である.松尾先生には,あらためて感謝申し上げたい.
考えてみると,数年後,いまの癌が発見されたとすると,齢80歳である.その時には体力も衰え,術前術後に合併症の危険因子となる疾患も生じているであろう.また,看病する家族もいまのようにはいかないかも知れない.このように考えると,今回74歳で発見されたことは幸運であった.また,癌が比較的初期のうちに発見されたことなど,何かしら自分の力や考えの及ばないところで大きな力に導かれたことは,不思議であった.
また本年1月1日,子どもや孫たち一同と新年の食事を共にしたとき,小児科医で内分泌代謝専門医である長男に,たまたま血液検査値を見せたところ,直ちにメタボリックシンドローム,運動不足,糖尿病を厳しく指摘された.翌日から裏山へ登り始め,1カ月余りして,今回の癌の発見,手術になった.山登りは手術のための準備のような気がしている.これには,私の予感もわずかに入っていたかも知れない.
さらに,手術や治療,看護に携られた方々,消化器外科山下裕一教授,神の手ともいうべき手腕で手術を施行された白石武史准教授に深謝したい.そして主治医の諸先生,看護師の皆様方,多くの医療者の方々へ深く御礼を申し上げる次第である.ありがとうございました.
この病気が治り.無事退院を迎えることができるようになった時,生き甲斐をもとにした仕事に専念し,人には現実的共感をもって接し,健康に生きる喜びをもって人生を送りたい.なにしろ命が助かったのだから,これに勝るものはない.無欲に平静の心をもって謙虚に生きたいと思う.
痛み
 きょうは術後12日目である.まだ身動きは自由にできない.苦痛の時間が止まって動かない.長い時間である.
その時の心境は次のようである.

 術後の痛みに嘖(さいな)まれて
 暗澹たる長い春の季節は何だろう.
 暗澹たる長い夏の状況は何だろう.
 暗澹たる長い秋の季節は何だろう.
 暗澹たる長い冬の季節は何だろうか.

 それらは何の変哲もない状況の積み重ねと大手術後の不自由と痛みを“たたみ”一畳の茨の蓆(むしろ)の上を日がな一日,ノロノロと蝸牛のように動かしながら,何時の日にか来るであろう自由と安楽を夢見ている.
 この辛さと苦痛は体験したものでないと分からない地獄に似た苦しみである.身に何本(7本)も巻きついているスパゲッティ シンドロームは身体の横転を極端に制限している.これからの解放を切に祈っている.
 食道癌の手術は肺癌,胃癌,甲状腺癌の手術を一緒にしたような手術であり,筆者の場合,10時間を超す手術であった.また,術後数日は譫妄などのICUシンドロームの混乱を生じた.
歯科医療の一元論的必要性
 今回の癌体験を通じて,同じ医療者として歯科医師は患者の悩みや苦痛を医師と同様に共有する必要はないだろうか,と考えられた.歯科医療は,余りにも医療とは離れた存在になってはいないだろうか.現代の外科や内科医療は生命の極限を追求したところで行われている.そして癌は以前のように密やかな病気ではなく,他の病気と同様に公開されるような治る病気として認知されるようになった.
 今日の全人医療においては歯科医師も,専門は異なっていても,患者の生命や社会的怯えに悩む現実に,共感と同調性をもって患者を癒せる存在である必要性を感じた.「食べる」という大きな役割を受け持つ歯科医師も,患者の心が癒せる医療者としての能力を臨床研修医制度のなかで得られるようにしたら如何か,と思う.
 歯科医療は各科すべての患者に対して連携されるからである.また,重症である本疾患のごときは術前,術中,術後の嚥下性肺炎の予防のために,歯周病や齲蝕の治療,そして術後の経口摂取における食事訓練に必要な咀嚼習慣を,かねてよりつけておく必要があることを実感した.
歯科医療が科学的,技術的範囲だけではすまない医歯一元論的必要性を現在の歯科医療はもっていると思う.

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歯と川柳 

5月号 歯と川柳530
[ 2009/05/01 09:08 ] 歯と川柳(大庭 健) | TB(0) | CM(0)



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