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歯と川柳 

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[ 2009/03/02 21:11 ] 歯と川柳(大庭 健) | TB(0) | CM(0)

医・歯二元論と制度のあり方を考える 

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都 温彦
(福岡大学名誉教授・前医学部歯科口腔外科教授)

我が国における医歯二元論制度のあり方を考える

2. 医療と歯科医療との二重構造と相違点

 従来,歯科医師の多くは,歯科医学専門学校,歯科大学,歯学部を卒業したり歯科医師臨床研修期間が終わると,2〜3年間大学や総合病院の歯科や開業医の診療所に勤務して開業術を学び,開業医としての道を目指す人が多い.このような行き方が歯科医師としての伝統的なスタイルになっている.研究者として大学や研究機関に残ったり,そして総合病院や医療センターなどの高度な医療機関勤務を目指す歯科医師が少ないのは何故だろうか.
 歯科医師には終生,研修や学問,研究は不必要で技術だけを磨けば良いというふうに,先が見え,分かりきった内容の職業として自他共に認めているとすれば,大きな間違いを犯していることになる.
 歯科学が対象とする歯や口腔は発生学的にみても胎生の初期段階に発生し,脳との関係も深く,生命維持や成長・発育そして健康や情緒に関する重要な臓器・器官である.さらに人間の終末期において意識活動が低下したときまで,口腔粘膜の刺激に対しては胎生期における原始反射を示すような,生命に直結した臓器・器官である.また臨床的には歯痛や不定愁訴の原因に関しては機能的か,器質的か,心因的かの慎重な鑑別診断と確定診断に至る思考と作業が行われる.誤診による誤加療と医原性障害や院内感染,そして訴訟問題が起こらない治療に留意することについては,医療と何ら変わるところはない.
 総合病院における歯科の診療収入が他科に比べると余りにも低く,病院経営にとっては足手纏いの赤字部分になることを病院側は周知しているので歯科の門戸を閉ざさざるを得ないのであろうか.そこに勤務する歯科医師も院内の診療会議において衆目に曝される歯科診療点数の惨めな実態に,いたたまれない思いをしている.真摯に歯科診療に務めながら,低い歯科診療点数に喘ぎ,歯科医師がワーキングプアとしてテレビや雑誌で報道されている実体を,世間や厚生労働省をはじめ行政は一体どのようにみているのであろうか.このことは国家的問題である.例えば,歯内療法は歯科保存療法において生物学的治療として最も重要であり,時間と手技において困難な手数を要するにもかかわらず,定められた保険診療点数は余りにも低い.その点数の値段は支払う患者側の方が,その安さに驚きを示す場合がある位である.安価な歯内療法の点数は,やがて次の歯内療法の再受診を頻繁に期待するための点数であると勘繰られても仕方がない.
 一般的に,歯科という科名や歯医者という呼び名には医科に比べると歯科医学専門学校時代からの学歴からくる人体の器官や臓器に対する差別が染(し)み付いているように思われる.そして医歯二元論制度においては病院の歯科名は医科の各科名の組織図とは別の位置に存在している.法律的身分差は病院組織図の区分についても歴然としている.官僚組織や給料体系についても同様である.医歯二元論制度は歯科医師にとって病院勤務の形態や機能に大きな足枷(かせ)になっている.
 そこで現行の医歯二元論制度においては,部分的にでも一元化すべき必要なことは一元化して歯科医療を医療と同等のものにしておかないと,病院内における歯科医師の医療業務について医師の医療業務とは一体化しない不備・不充分な実体を存在させることになる.
 また歯科医師臨床研修制度に定められた1年間と医師臨床研修制度に定められた2年間とでは,両者間の学歴や身分そして給料面における差を生じるであろう.このほか,歯科医師の歯科麻酔や救命救急の研修や実施の場合などについて,医師法との法律的抵触に関する問題も考えなければならない.
 我が国において100年余り継続してきた医歯二元論制度は,同じ医療でありながら,例えば多くの医師が勤務する病院組織において,歯科医師の場合,医師とは馴染まない,そして,うまく適応できない要因を作ったと思われる.



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