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医・歯二元論と制度のあり方を考える 

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都 温彦
(福岡大学名誉教授・前医学部歯科口腔外科教授)


アメリカ合衆国における近代歯科学の端緒

1)北アメリカの近代歯科学のはじまり

近代歯科学は18世紀にフランス,イギリス,ドイツにおいて誕生した.
また18世紀,当時のアメリカ殖民地には旅回りの歯科医師たちが多く訪れるようになっていた.
 ここでアメリカの近代歯科学と歴史的経過と事情については,正木正氏の著書を参考に引用させていただくことにする(正木正:新編歯科医学概論,第10章歯科医学の発展,第1版,第3刷,医歯薬出版株式会社,東京,1985,117~165頁).
 アメリカは1765年,イギリスがアメリカ植民地に印紙法を制定したことなどを契機にして,1775年ジョージ・ワシントンを植民地軍の総司令官に擁し,翌年独立宣言を行いイギリス軍に抗戦した.そしてフランスの援助により勝利した.
 その期間(1775~1783年)にヨーロッパで進歩した歯科医術がアメリカに伝えられた.なかでも1780年,独立戦争の応援にアメリカに遣(や)ってきたフランス陸軍軍医であり,歯科医師のジョセフ・ルメール(Joseph Lemair,1752~1834)は独立戦争が終わってからもフィラデルフィアに残り,歯科診療を行いながらアメリカ人に新しい歯科医術を教えた.彼は1787年にフランスに帰り,パリで歯科を開業した.
 また,アメリカ独立戦争の終わりころ,アメリカとフランスの連合軍が野営を共にした時,フランス海軍の軍医であり,歯科医師であったジャク・ジャム・ガルデト(Jacques James Gardette,1756~1831)は,そこで多くの兵士たちに巧みな歯科治療を行い,彼らの苦痛を取り除いた.
 その時,アメリカ殖民地陸軍の若い士官であったジョシア・フラッグ(Josiah
Flagg,1764~1816)は,ガルデトの歯科医術に引かれ,彼に歯科医術を学んだといわれている.そしてフラッグは前述のルメールからも歯科医術の教えを受けた.
 フラッグはヨーロッパの近代歯科学を学んだ最初のアメリカ生まれの歯科医師であるとされている.彼は独立戦争が終わった後にボストンで歯科診療所を開設した.
 独立戦争が終わった後,半世紀余り,アメリカは歯科医療の需要が増えた.そして旅回りの巡業歯科医業者やにせ歯科医師による詐欺まがい,いんちきなどのでたらめな治療がはびこっていた.

2)アメリカ合衆国における医学の近代化と発展―その1― 

ここで,当時のアメリカの医学と歯科学との状況や関連性を理解するためにも,アメリカの医学の始まりについて若干触れてみたい.
 アメリカにおける近代的な医学知識は1765年イギリスのエジンバラ大学からフィラデルフィアへ戻ってきたジョン・モーガン(John Morgan,1735~1789)に始まるとされている.モーガンはロンドンでウィリアム・ハンターに解剖学を学び,またジョン・ハンターについても学んだ.
 また病院でも臨床経験を積み,エジンバラ大学で学位を得たモーガンはベンジャミン・フランクリン大学医学校の設立に協力し,その推進力を果たした.フランクリン大学医学校はアメリカでは最も古い医学校であり,アメリカ合衆国の建国より古く,そして現在のペンシルベニア大学医学部の前身でもある.
 モーガンの医学教育は医学の全科目を知ることを必要条件にした.学生にはラテン語,ギリシャ語,そしてフランス語あるいはドイツ語も必要であるとした.そして数学や自然科学に精通した医学生になるべきであるとした.今から240年余り前のことである.
 当時から大学の医学校の学生,そして医師には医学の専門知識のみならず関連の学問や語学などの高い教養性を身につけることが求められていた.当時の医学や医療の進歩は現在のような広く多様,大量の専門的知識,実習を必要としなかったと思われる.しかし医師に一般社会の人たちから尊敬される高い教養と人間性を求めていたことが窺える.
 その伝統は,今のアメリカの医学や歯学教育制度にも引き継がれている.例えば医学部や歯学部の入学については,先ず4年制の大学を卒業して,ある程度の社会的教養を身につけてから進学するようになっている.
 また,かつては白人が多数を占めていた医学部や歯学部には,多民族社会であるアメリカの人たちに言語的対応が行える医療のために,現在は色々な人種の人たちが医学生や歯学生として混じりあって勉強している.
しかしながら19世紀はじめのアメリカの私立の医学校は営利的化して,モーガンが唱えた高い医学教育理念は後退の時期を迎えていた.



 
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歯と川柳 

[ 2008/04/03 11:57 ] 歯と川柳(大庭 健) | TB(0) | CM(0)

医・歯二元論と制度のあり方を考える 

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近代歯科学の誕生と発展の歴史(4)
―ヨーロッパにおける近代歯科学誕生の“まとめ”―

古代エジプト,ローマでは紀元前5世紀のころから理髪師によって簡単な外科手術や抜歯などが行われていた.これは理髪師の指先が器用であることや,外科治療には欠かせない鋭利な刃物,器具などの取り扱いに馴れ,得意であったためと思われる.
理髪師の抜歯は古代ローマだけでなく,中世にはヨーロッパとアラビア(アジア大陸西端,インド洋に突出する世界最大の半島.住民はアラブ人で,イスラム教徒)の間にも広がり,外科手術を行う理髪外科医という職業がほぼ確立した.
フランスでは1301年,イギリスでは1308年にそれぞれ理髪外科医の同業組合が設立されている.フランスでは1745年,18世紀半ばまで存続していたが,それ以後は理髪師と理髪外科医との組合に分かれるようになった.
理髪師が外科処置を副業としていたことは,現在の理髪店の看板に残されている.白は繃帯,シーツ,赤は動脈血,青は静脈血を表している.中世期の時代,理髪師外科医の歯科治療は抜歯や歯石除去,歯の清掃などであった(長谷川正康:歯科の歴史おもしろ読本.クインテッセンス出版株式会社,1993年発行,20~21頁).

注)ここで歴史の時代的区分における中世は古代と近世(近代)との間,主として封建制を土台とする社会である.そして西洋史ではほぼ4世紀末ゲルマン民族の移動から15世紀末半ばに至る時期を指すことになる.また日本史では,一般に12世紀末鎌倉幕府の成立から16世紀末室町幕府の滅亡までを指している.

ヨーロッパ中世前期(5~11世紀ころ),歴史的には知的暗黒時代と呼ばれるころの歯科治療は香具師による見世物,興行的な抜歯などが行われていた.
やがて中世の13世紀末から15世紀末葉にかけて全ヨーロッパに波及したルネサンス・文芸復興,すなわち芸術,思想上,そして広く文化の諸領域の革新運動による神中心の中世文化から人間中心の近代文化への転換への端緒が開かれることになった.
この時代には天文学者・聖職者であったコペルニクス(1473~1545)が,これまでの地球中心宇宙説に反対して地動説を発表し,世界観を確立した.
またレオナルド・ダ・ビンチ(1452~1519)は画家・建築家・彫刻家として不朽の名作を遺しているが,これらの他にも詩人,思想化,そして自然科学についても多数の卓越した業績を遺している.
近代歯科学は中世ヨーロッパの14~15世紀に始まったルネサンス・文芸復興の革新運動に関連して自然科学と共に萌芽した.そのころの歯科治療は前時代的な非科学的な医術と近代歯科学としての科学的医術との玉石混淆の状況であった.このような状況の中で,近代の歯科学はフランス,ドイツ,イギリスにおいて卓越した個人の努力による業績が認められる.
これらの人たちは外科医,内科医,理髪外科医,解剖学者であり,そして義歯作製者として歯科医療を行う技術工の職人たちであった.
ここで近代歯科学の萌芽の役割を果たした前述の人たちの職業や業績の簡略をまとめると,次のとおりである.

1)アンドレアス・ヴェサリウス(1514~1564)(ベルギー)
解剖学者,医師
2)アンブロワーズ・パレ(1510~1590) (フランス)
外科医(近代外科学を確立)
3)ピエール・フォシャール(1678~1761)(フランス)
若い時,海軍の軍医見習生となり,外科の基礎と歯科診療を学んだ.医学的教養に富んだ歯科学を開拓した.近代歯科学の祖と呼ばれる.
4)フィリップ・パッフ(1711~1766)(ドイツ)
解剖,生理,病理,治療学,歯科補綴法などの広い面から歯科学に対応した.
5)セル(1759~1830 Serre.J.J.J)(ドイツ)
ドイツにおける歯科学の向上に貢献.
※ベルギー生れ,ウィーン,ベルリンに住む.
6)バード・モア(1740~1786)(イギリス)
外科医,歯科医,国王ジョージ3世の歯科侍医.
7)ジョン・ハンター(1728~1793年)(イギリス)
外科医,陸軍軍医.解剖学,病理,比較解剖学,生理学などに堪能.
歯科医師ではなかったが,歯科学に対する貢献は歯科治療に新しい時代を作った.そして歯科が外科医や内科医の注目を引く機会を与えた.
8)ウィリアム・ハンター(1861~1937)(イギリス)
内科医・ハンター氏舌炎,口腔感染症と全身との関係を指摘した.

以上,ヨーロッパにおけるルネサンスに始まる科学の夜明けとともに自然科学の発達が起こり,同時に近代歯科学も優れた個人の努力によって開拓され,学問的知見が生まれた.
これらの人たちの多くは外科医や内科医であり,基礎医学についても堪能であった.このような人たちによって歯科治療が単なる技術を用いて行うのではなく,歯科学という学問的知識や観察,考えに則って行われる医学的基盤が誕生し,今日の近代歯科学の発展が築かれることになった.
ヨーロッパで誕生した近代の歯科学は医学における一分科であると考えてよい.したがってヨーロッパの歯科医師は医学部において育成されるとことが多い.しかし最近では歯学部で育成されるところも認められる.
ヨーロッパで誕生した近代医学,そして歯科学はやがてアメリカ植民地に渡り,医学と歯学は二元論的制度になってゆくことになった.
そして我が国の歯科医師の育成はアメリカの制度を規範として現在に至っている.

注)近代の歯科治療は医学の一分科として,ヨーロッパで誕生した.医学の一分科であれば歯科医学より歯科学という名称の方がふさわしい.我が国では,歯学,歯科学,歯科医学は同義語として用いられているので,本稿でも混合して用いていることをおことわりしておきたい.
   
 



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